周防大島伝統の太刀魚漁|曳縄漁の歴史と地域性

瀬戸内海に浮かぶ周防大島は、古くから漁業文化が息づく島である。島の人々は潮の流れや魚の習性を熟知し、世代を超えて技術を受け継いできた。その中でも「太刀魚曳縄漁」は、地域の生活と深く結びつき、今もなお伝統と科学の融合として発展を続けている漁法である。


1.歴史的背景
太刀魚の曳縄漁は、広島県呉市豊島の漁師たちによって培われた技術が、周防大島の安下庄地区へ伝わったことから始まった。豊島は「瀬戸の名刀」と呼ばれるブランド太刀魚の産地として知られ、鮮度保持と漁法に優れた知恵を持っていた。豊島の漁師たちは長い航海の途中で安下庄港に寄港し、生活用品を購入したり銭湯で入浴したりするなど、地域との交流を深めていた。その際、松田漁業用品店にも立ち寄り漁具を購入したことが縁となり、今も続く交流がある。こうした人と人との結びつきが、漁法の伝承や地域文化の発展を支えてきたのである。


2.地理・海域的要因
周防大島は瀬戸内海の中央に位置し、潮流が複雑で栄養豊富な海域に恵まれている。太刀魚は沿岸性の魚であり、日中は深場に群れを形成し、夜間は中層から表層へ浮上する「日周的鉛直移動」を行う。この習性を熟知した漁師たちは、時間帯に応じて「棚取り」を調整し、幹縄の深さを釣り鐘型の鉛(8〜12kg)と曳航速度の調整をコントロールすることで群れを効率的に狙えるようになった。島の南北で漁場の性質が異なるため、漁師は季節や潮に応じて漁場を選択し、経験と勘を活かして漁を行っている。


3.漁具の構造と仕組み

曳縄漁の漁具は、科学的合理性と伝統的工夫が融合した構造を持つ。船から海中へ伸びるビシワイヤー(1.5mm)が主軸となり、その先に幹縄(ナイロン40〜50号)が続く。幹縄には150〜200本の枝縄(ナイロン8〜14号)が4.5尋以下の間隔で配置され、三又サルカンと細ロープで接続されている。枝縄の先には太刀針があり、疑似餌ワームや差し餌(イワシ・キビナゴなど)が装着される。幹縄の位置を安定させる浮子、漁具全体を魚群の層へ沈める釣り鐘鉛が加わり、漁師は船を曳航しながら幹縄を流すことで太刀魚の群れを正確に狙うことができる。この仕組みは、太刀魚の習性を科学的に捉えた効率的な漁法であり、経験と知恵が融合した「伝統の技」と言える。


4.他地域との違い
周防大島の曳縄漁は、豊島から伝わった技術を背景に、潮流や海域の特性に合わせて改良されてきた。一方で、他地域でも太刀魚漁は盛んに行われ、それぞれ独自の工夫がある。
• 徳島県では、枝縄の本数や曳航層の取り方に独自の工夫があり、漁師は地域の潮流に合わせて効率的に漁を行っている。
• 愛媛県は全国一の漁獲量を誇り、曳縄漁に加えて定置網や延縄も併用している。宇和島や今治などでは夜間の曳縄漁が盛んで、産地としてのブランド力を持つ。
• 長崎県では、五島列島周辺の広大な漁場を活かし、曳縄漁だけでなく底延縄や定置網も展開されている。漁法のバリエーションが豊富である。
• 和歌山県では、紀伊水道を中心に曳縄漁が行われ、枝縄の間隔や針の形状に独自の工夫があり、地域ブランドを形成している。
このように、地域ごとの違いを知ることで漁法の多様性と奥深さが見えてくる。周防大島の曳縄漁は、豊島から伝わった技術を基盤に、島の自然環境に合わせて発展したものであり、他地域との比較を通じてその独自性が際立つ。

 

5.漁業従事者の減少と世代継承・未来への展望

周防大島の漁業は、高齢化と就職氷河期世代における新規就労者不足により、漁業従事者が減少の一途を辿っています。若者が漁師を志す機会は少なく、島の高齢化比率と同様に人材不足が深刻です。しかし、その中でも島で育った世代は親や地域の漁師から技術を受け継ぎ、少ない漁獲量の中でも工夫を凝らしながら漁獲を維持しています。『人が減っても技術は残る』、その知恵と経験が周防大島の漁業文化を支えているのです。
未来を見据えると、資源管理や技術革新が欠かせません。漁具の改良や魚群探知機の進化、さらにはAIによる解析など、科学技術との融合が進むことで持続可能な漁法への道が開けます。周防大島の太刀魚漁は、伝統を守りながら進化する姿そのものが、瀬戸内海の未来的探訪の象徴と言えるでしょう。地域ブランド化や観光との連携も視野に入れ、漁業文化を次世代へと継承していくことが期待されます。


まとめ
太刀魚曳縄漁は、単なる漁法ではなく、歴史・地理・人の交流が織りなす文化そのものである。豊島の漁師から安下庄へ伝わった技術は、周防大島の漁師たちによって受け継がれ、改良され、今もなお続いている。潮流が複雑で栄養豊富な瀬戸内海の環境は、太刀魚漁を発展させる土台となり、漁具の構造は科学的合理性と伝統的工夫の融合を示している。他地域との違いを知ることで、周防大島の漁法の独自性と魅力がより鮮明になる。
太刀魚漁は、漁師の経験と勘、そして地域の自然環境に根ざした知恵の結晶である。周防大島の曳縄漁は、伝統を守りながら進化し続ける漁法として、これからも地域文化を支え、次世代へと受け継がれていくだろう。

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